スペイン風邪から 第3回
今回も昆虫を。

思っていたよりも、結構寄れることに気がつきました。
昆虫の写真もこれまで以上に撮れるかもしれませんね。
これはキチョウ?
さて、本題です。
首相も感染(1919年2月)
短期間に患者は爆発的に増えた。内務省衛生局の調べを伝える記事は「総患者数は1千万人近い。東京府だけで10月28日から平均で毎日200人以上の死亡者を出している」(1918年12月25日付)と書いた。当時の人口は5600万人だったから、2ヶ月ほどで5~6人に1人が感染したことになる。
年を越して流行は続く。
「大臣では原首相をはじめ内田外相、高橋蔵相らが引きこもり中で、ほかの高官にも患者が少なくない」「患者は増える一方、医師にも伝染し、看護師も倒れる。東大病院は入院を断っているし、ほかの病院もすべて満員。実に恐ろしい世界感冒だ」(1919年2月3日付)
都会から地方に逃げる人もいた。「熱海は感冒避難客で温泉宿はどこも満員で、客が布団部屋にまであふれている」(2月19日付)
(朝日新聞2009年9月30日朝刊より)
流行のピークは当時2度ありました。
前流行(1918年秋~1919年春)と後流行(1919年暮れ~1920年春)となっています。
上の記事はまさに前流行の状況を記載していたものです。
前流行ではたくさんの人が感染してますが、死亡率はあまり高くなかったとのこと。
それでも毎日200人も死んでいたって・・・現代なら一体何人死ぬんでしょう?
衛生状態も医療技術も、当時とは比べ物にならないくらい発達してるとは思うんですが、それでも気軽に考えていると大変なことになるのではと考えます。
予防対策は必須ではないでしょうか、決して大げさではないんですよ。(つづく)
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